JEA
Journal of Epidemiology vol.22-(1)

1)社会経済格差が健康に与える影響と機序
近藤尚己(山梨大学大学院医学工学総合研究部社会医学講座)

所得格差の拡大は世界的傾向であり、所得格差の健康への影響が公衆衛生課題として注目されている。筆者らは、社会経済格差が健康に与える影響とその機序について研究を進めてきた。まずメタ分析により、所得格差による死亡のリスク上昇がみられ、その集団寄与危険が大きいことを示した。また、一定の水準を超えると健康への悪影響が強くなること(閾値効果)、近年(特に1990年代以降)所得格差と不健康との関連が強くなること(時代効果)、そして所得格差が健康に悪影響を与え始めるまでのタイムラグが存在すること(ラグ効果)の可能性を見出した。国民生活基礎調査や大規模なコホートデータ(AGES)を用いた複数の分析により、相対的剥奪仮説を支持する結果を得た。すなわち不平等な社会における相対的な所得の剥奪感(による精神的なストレス)が実際の所得水準とは独立して健康(主観的健康観が低いことおよび要介護の発生)と関連していた。さらに、国民生活基礎調査の経年データを用いた自然実験分析では、1997年から98年に起きた経済危機の前後で、社会経済的地位が中?上位の集団の健康度の改善が相対的に小さかったために、主観的健康観における社会経済的な健康格差はむしろ縮小した可能性が示唆された。以上より所得格差は健康に悪影響を与える可能性があり、その機序の一部に、相対的剥奪仮説が関連している可能性が示された。マクロな社会経済動向が健康に与える影響についてのさらなる理解のためには、所得格差の拡大や雇用市場の変化を含めた多様な社会要因を踏まえた検討が求められる。
キーワード:所得格差、健康の社会的決定要因、経済危機、社会経済要因、高齢者、日本

P2-6

2)うがいによる口腔衛生と小児の発熱:日本における集団研究
野田 龍也(浜松医科大学医学部 健康社会医学)、尾島 俊之、早坂 信哉、村田 千代栄、萩原 明人(九州大学大学院医学研究院 環境社会医学)

【背 景】発熱は小児におけるもっとも一般的な症状であり、多くが呼吸器感染症により生じる。日本の保健当局は呼吸器感染症を予防するため、長期にわたりうがいを推奨してきたが、小児に対する効果はいまだ明らかではない。
【方 法】本観察研究に参加した小児は、福岡県福岡市に所在する145の保育所(園)より募集された。曝露群(うがい群)の小児は少なくとも1日1回うがいを行うように指導された。本研究のエンドポイントは、昼間における発熱の発生と病欠の発生である。それぞれのエンドポイントについて、うがい薬による効果の差についても調べている。
【結 果】2-6歳の小児19595名を20日間(391900人日)観察した。多変量ロジスティック回帰によると、発熱の発生についての全体的なオッズ比(OR)はうがい群で有意に小さかった(OR=0.68)。年齢で層化した分析では、2歳(OR=0.67)、4歳(OR=0.46)、5歳(OR=0.41)で有意にORが小さかった。病欠に関しては、うがい群の全体的なORは0.92(非有意)であった。年齢で層化した分析では、4歳(OR=0.68)、5歳(OR=0.59)、6歳(OR=0.63)で有意にORが小さかった。サブグループ解析で、発熱に関して有意に小さなORを認めたものは、緑茶でのうがい(OR=0.32)、機能水でのうがい(OR=0.46)、そして水道水でのうがい(OR=0.70)であった。しかしながら、病欠に関しては有意なオッズ比の増減は認めなかった。
【結 論】うがいは、小児の発熱性疾患の予防に効果がある可能性がある。

P45-49

3)テレビ視聴時間は身体活動のガイドラインを満たしているかどうかにかかわらず高齢者の肥満と関連している
井上茂(東京医科大学公衆衛生学講座)、杉山岳巳、高宮朋子、岡浩一朗、Neville Owen、下光輝一

【背景】これまでの研究によって座業時間は中高強度身体活動とは独立した心血管リスクであることが示されている。しかし、高齢者を対象とした研究はほとんど認められない。本研究では日本人高齢者を対象に、テレビ視聴時間、中高強度身体活動と過体重・肥満との関連を検討した。
【方法】1806名の高齢者(年齢65-74歳、男性51.1%)を対象に、郵送による身長、体重、テレビ視聴時間、中高強度身体活動の質問紙調査(横断調査)を実施した。テレビ視聴時間(中央値による二値化:high TV、low TV)、中高強度身体活動時間(身体活動ガイドライン推奨レベルである週150分以上/未満による二値化:sufficient MVPA、insufficient MVPA)を組み合わせて対象者を4つの身体活動水準に分類した。交絡要因を制御した上で、身体活動水準による過体重・肥満(BMI25kg/m2以上)のオッズ比を算出した。
【結果】全対象者のうち20.1%が過体重・肥満であった。テレビ視聴時間の中央値(四分位値)は840(420, 1400)分/週だった。過体重・肥満のオッズ比(95%信頼区間)は、最も活動的でない群(high TV/insufficient MVPA)と比較してhigh TV/sufficient MVPA群において0.93 (0.65, 1.34)、low TV/insufficient MVPAにおいて0.58 (0.37, 0.90)、low TV/sufficient MVPAにおいて0.67 (0.47, 0.97)であった。
【結論】本研究サンプルにおける高齢者では代表的な座業であるテレビ視聴時間の少ないことが、身体活動のガイドラインを満たしているかどうかにかかわらず、過体重・肥満の低いリスクと関連していた。本検討で観察された高齢者における座業と健康との関連をさらに確認するために、縦断研究、介入研究が望まれる。
キーワード:座業、心血管リスクファクター、肥満
P50-56

4)日本の歯科医院における禁煙介入の必要性と準備性
小島美樹(大阪大学大学院歯学研究科予防歯科学教室)、埴岡隆、田中英夫

【背景】歯科患者の喫煙状況と喫煙ステージおよび患者の喫煙の影響に対する歯科医師の意識を調査して、歯科医院における禁煙介入の必要性と準備性を評価した。
【方法】日本歯科医師会会員データベースから無作為に選択した1022人の歯科医師に自記式質問票を郵送した。質問票は歯科医師用と患者(20歳以上)用から構成され、2008年2月に各歯科医院で記入された。
【結果】対象歯科医院の78.2%から質問票の返送があり、その回答率は患者用で73.7%、歯科医師用で74.7%であった。患者11370人と歯科医師739人のデータを解析した。患者全体の喫煙者率(25.1%)は国民健康栄養調査の値と同程度であった。若年女性患者の喫煙者率は、国民健康栄養調査の値と比較して特に高かった。喫煙者の70%以上が禁煙に関心があった。歯科医師喫煙率(27.1%)は医師喫煙率(15.0%)と比較して有意に高かったが、歯科医師の約70%は患者の喫煙の影響を気にしており、診療所内を禁煙にしていた。
【結論】禁煙に関心のある多くの喫煙者が歯科医院を受診しており、特に若年女性の受診が多かった。また、ほとんどの歯科医師が喫煙は患者に悪影響があると考えていた。これらの結果は、歯科医院において禁煙介入が必要であることと、歯科医師には禁煙介入への準備があることを示している。
キーワード:歯科医師、患者、 医療調査、喫煙、禁煙

P57-63

5)母乳摂取と乳歯齲蝕との関連
田中景子(福岡大学医学部衛生・公衆衛生学)、三宅吉博

母乳摂取と齲蝕との関連に関する過去の疫学研究結果は一致していない。今回我々は、日本人幼児における母乳摂取と乳歯齲蝕との関連について横断的に解析した。2056名の3歳児を対象とした。母乳摂取の情報は質問調査票から得た。未処置歯、修復歯、喪失歯が1歯以上ある場合を、齲蝕有りと定義した。齲蝕経験者率は20.7%であった。母乳摂取期間6カ月未満に比較して、18カ月以上では、齲蝕の高い有症率との間に統計学的に有意な関連を認めた。母乳摂取期間と齲蝕有症率との間にはJ字型の関連を認めた。母乳摂取期間6ヶ月未満、6―11ヶ月、12―17ヶ月及び18ヶ月以上の調整済みprevalence ratio (95%信頼区間)は、それぞれ1.00、0.79(0.60-1.05)、0.86(0.66-1.13)、1.66 (1.33-2.06)であった。母乳摂取期間18ヶ月以上は乳歯齲蝕と正の関連を示したが、一方母乳摂取期間6―17ヶ月では、統計学的に有意ではないが乳歯齲蝕との間に負の関連を示した。
キーワード:母乳摂取、横断研究、齲蝕、日本

P72-77



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